/HEAD>

芭蕉庵展望庭園より隅田川に架かる清澄橋を臨む

第三回ツアーへ  第二回ツアーへ   奥の細道目次へ  サイトトップへ

奥の細道の冒頭で芭蕉はこの旅の動機と心境に就いて次のように述べています。

月日は百代(はくだい)過客(くわかく) にして、

行かふ年もまた旅人なり。

舟の上に生涯を浮かべ、

馬の口とらへて老いを迎ふる者は、

日々旅にして、旅を(すみか)とす。

古人も多く旅に死せるあり。  

     ―中略―

住めるかたは人に譲り、 杉風(さんぷう)別墅(べっしょ) に移るに、

  草の戸も住み替わる代ぞ雛の家

世捨て人の栖として住み馴れてきたこの草庵にも流転の理法のもとにあるじの住み替わるべき時がやってきた。自分の出た後には世俗人である若い家族によってはなやかにお雛様を飾る家となるでしょう。それに対して自分は今やすみかのない旅に出ようとしていることよ。

寛政版原本      芭蕉記念館所蔵の奥の細道の寛政版原本

第一回ツアーの行程:

松尾芭蕉ゆかりの深川界隈周遊地図

JR両国駅

出発点のJR両国駅

吉良邸跡

四十七士の討ち入りの場所、吉良邸跡

芭蕉記念館の芭蕉の木

芭蕉記念館の芭蕉の木

住み変わる雛の家

芭蕉記念館の庭にある”雛の家”の句碑

芭蕉庵記念石碑

芭蕉稲荷神社内にある芭蕉庵跡の石碑
台風の後ここから石蛙が出てきたことから
芭蕉庵跡と確認された

芭蕉庵跡

芭蕉庵があったとされる芭蕉稲荷神社

清澄庭園

清澄庭園の一角には”古池や”の句碑がある

古池やの句碑

”古池や蛙とびこむ池の音”の句碑

臨川寺のゆかりの石碑

芭蕉が師事した仏頂和尚の臨川寺の石碑

彩荼庵跡

奥の細道に旅立った時の住居の彩荼庵(さいとあん)