大崎下島の御手洗港は瀬戸内海の中間地点にあたり、潮目が変わる場所でもあり、また多数の島に囲まれた湾が存在する地形であるため、古来から瀬戸内海の「潮待ち」「風待ち」の港として栄えたということです。
大崎下島、豊島、上蒲刈島、下蒲刈島は広島県の呉市から橋で繋がれ、「安芸灘とびしま海道」と呼ばれている大変風光明媚な島並です。
現代ではサイクラーの絶好の訪問地となっていますが、往時は瀬戸内海交易の中継地点として御手洗港などは劇場、蔵元、花街、神社など町として何でも揃っていた面影を残しています。
江戸時代には500人以上の朝鮮通信使の一団が対馬海峡を渡り、瀬戸内海を経て、江戸に向ったということですが、その12回のうち11回もこれらの島で休息・宿泊して各藩の手厚いもてなし受けたということで、下蒲刈島の松濤園には「御馳走一番館」として色々な当時の資料が展示されていました。昨今のギクシャクした外交関係はこの頃の鷹揚な付き合い方に学ぶところがありそうです。
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下の動画は大崎下島を出港した折にLive配信されたものをYouTubeに転送して再生するものです。